星新一賞のこと

2020.4.1

 

世の中が新型コロナウイルスの話題ばかりです。

当院のホームページもコロナウイルス関連の更新ばかりで、いやになってきています。

 

時々、どうしようもなく暇なときに、ネットでふと出会うものがあります。

3年前の2017年に、「星新一賞」なるものを見つけました。科学短編小説の募集です。

中高生のころ、星新一のショートショートというごく短いSF小説をよく読んだことを思い出しました。

もっとも私は光瀬龍や福島正実の方が好きでしたが。

 

星新一ってどんな感じだったかな、と記憶をたどり始めて、あんな感じこんな感じと組み立てているうちに結局ひとつの文章を作ってしまいました。

応募しましたが、当然のごとく落選(だと思います。連絡もないので)。

 

落選ですので、著作権うんぬんも大丈夫だろうと(勝手に)思い、ちょとした退屈しのぎにでもなれば、と載せてみることにしました。

 

星新一オマージュの短い駄作です。とはいっても9500字ほどあります。

おヒマなら見よね・・・

 

 

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「完全ヒト型アンドロイド」

 

 

 

プロローグ

 

「助手のハットリくん、ついにやったぞ。完全ヒト型アンドロイドの完成だ」

 

ソネ博士は万感の思いを吐き出すように叫んだ。

 

「やりましたね、ソネ博士。今日のこの日、我々の文明はおおきな転換点を迎えたにちがいありません」

「うむ、まったくその通りだ」

「お祝いしましょう。パーティーを開きましょう」

「いや、その前に記者会見だ。広く世間にこの完成のお披露目をしなくては」

「では、さっそく準備にかかります」

「よろしく頼んだぞ」

 

 

 

 

ごく短い物語 その一

 

「それではただいまより記者会見をとり行います。まず、開発中心者のソネから概要を説明申し上げ、ご質問にお答えいたします」

 

大勢の記者を前に助手のハットリが神妙な面持ちで司会を務めた。

開発中心もなにも、関係者はソネ博士と助手のハットリの二人しかいないのだから、説明をソネ博士がするとなると司会は当然ハットリの役割ということになる。

それでも、あたかも大勢のスタッフで研究を行っているのですよ、という雰囲気をできるだけ感じてもらえるように慎重に言葉を選び、余裕の表情、余裕の態度を心がけた。

 

「今回みなさまに発表いたしますのは、わたしどもが全くのゼロから新規開発し、完成に至りました完全ヒト型アンドロイドであります。それがこちらにあります二体です」

 

ソネ博士が目配せをすると、助手のハットリがあわてて壇上の横手に走り、かぶせてあった覆布を手品師のような手つきでさっとはがした。

記者が一斉にそちらを振り向く。

 

「こちらの二体。ごらんの通り、見た目は完全にヒトそっくりであります。皆様のご想像通り、オスタイプとメスタイプがあります」

 

記者たちの一部はニヤリと唇の端を動かし、一部は少しイヤな顔をしたが、大半は無表情のままだ。

 

「わたしどものヒト型アンドロイドはこれまでのものと違い、完全ヒト型アンドロイドと名づけています。なにが完全か。まず、金属、無機物を全く使用しておりません。全て有機構造物からなっております。有機構造物の相互連関によって全ての動作を制御いたします」

 

記者の一人が口をはさんだ。

 

「細胞がある、ということですか」

 

「細胞という生命体は構成成分には含まれていません。が、しかし、皮膚から身体内構造物、そして身体制御部分、いわゆる脳に相当する部分まで全て有機構造物で構成されています。身体のあらゆる部位からの求心性情報信号は全身に巡らされた液化固相体の上をひとつひとつ固有の役割を割り当てられたピコベジクルによって瞬時に伝達されます。むろん、このベジクルも完全に有機構造物です。集積された情報は頭部に置かれた演算処理パーツによって超高速処理がなされ、ふたたび瞬時に遠心性に情報伝達されます。この演算処理を計算機の電子的な演算処理能力と比較すると、ほぼ垓に相当すると考えられます。すなわち一秒間の演算速度が十の二十乗ということになります。さらに演算は有機的、すなわち一律に機械的にではなく効率を考慮した優先順位にしたがって行われるため、実際には更なる高速が期待できるものであります」

 

「つまり、そのアンドロイドには自分で何を優先して行うべきかを考えることができる脳があるのですね」

 

別の記者が尋ねる。

 

「脳、と呼ぶべきものかどうかは議論の中です。わたしどもは有機AIと名づけております。自己問題提起、自己考察、自己解決のプロセスを物理的な演算処理ではなく有機的な相互作用によって実行することができ、さらに、それを繰り返すことによって想像を絶する自己学習を行い得るのです」

 

大勢の記者のあちらこちらから質問の声が響いた。

 

「自己学習能力の優劣と与えられた命令に背く確率に正の相関があることはすでに相当以前からの研究で明らかですが、その部分の対応、処置はどのようになっていますか」

「理不尽な命令を拒否できる、あるいはできない初期設定になっているのですか」

「理不尽な命令だと誰がどうやって判断するのですか」

「初期設定は変更可能ですか。可能ならば悪意をもってすれば危険な兵器になりうるのではないですか。それとも変更のコマンドは用意されていないのですか」

「金属類を一切使用していないということですが、ならば起動や機能停止、設定変更のボタンはどこにあるのですか」

音声多重に矢継ぎ早の質問がなされるため、誰が何を言っているのか非常に聞き取りにくい状況になった。

会の仕切りに慣れていない助手のハットリは右往左往するばかりで、役にたたない。

「有機構造物、ということはそのアンドロイドには寿命があるのですか」

 

一際大きな声で一人の記者が叫んだ。

ソネ博士は意を得たり、という表情でその質問に答えた。

 

「さよう、この完全ヒト型アンドロイドの最大の特徴は自己増殖と有限性です。オスタイプとメスタイプにはそれぞれ必要時に出現する突起と陥凹があります。これらを結合する事によってメスタイプの体内に新たなアンドロイドが増殖します。体内育成期間があり、その間に知識、情報、データの転送を行います。三百日の育成期間を経て排出され、十五年をかけて完成形までサイズアップし、排出後七十五年ちょうどでオワリを迎えます。万が一、このアンドロイドの命令従順性に問題が起こったとしても、あるいは他の解決しがたいトラブルがあったとしても、最大七十五年でそれらは完全に解消されます。なにしろこの世からいなくなるのですから。蛇足ながら、このアンドロイドは全て有機構造物ですので、焼却あるいは土中廃棄で完全に分解消滅させることができます」

 

先ほどの記者が再び手を挙げた。

 

「それはすなわち、生きている、ということですね」

 

そのひと言に複数の記者が反応し、身をのりだした。

 

「そうではありません。生命反応、生体反応はありません」

「しかしセックスで子供ができているではないですか」

「いや、セックスではありません。オスタイプとメスタイプの結合です」

「それはセックスでしょう」

「セックスではない」

「セックスじゃないか」

「セックスにほかならないっ」

 

再びあちらこちらから怒りを含んだ叫び声と質問の声が入り交じった。

壇上と会場が「セックス」の応酬、大合唱になったとき、十数人の武装した部隊が会場になだれ込んだ。全身を黒で統一し、統率された無駄のない動きをしている。部隊は壇上のソネ博士と記者達の間に割って入り、双方に銃器を向けた。集団の先頭に立っていた責任者らしい一人がソネ博士に向かって言った。

 

「ソネ博士ことコーヅ工場製造番号NE1365TATS851号。体制崩壊工作の罪で逮捕します。あなたにはプログラム更新命令がでています」

「憲兵隊だな。わたしがいったい何をしたというのだ」

「あなたの創り出したこの完全ヒト型アンドロイドを地球政府はニンゲンと判断しました。ニンゲンはこの世界の秩序を乱し、崩壊に至らせる危険があります。ニンゲンは地球から排除されるべきと規定されています。我々ロボットの平和で永遠のこの世界から」

 

 

 

ごく短い物語 その二

 

地球が丸いんだから、宇宙だって丸いかもしんないじゃん。

 

誰が言いだしたのか、なんとなくもっともらしいが科学的根拠の全く乏しいこの理論に、なぜ地球政府は乗っかってしまったのか。

かつてマゼランが確固たる裏付けもなく、ただ信念だけでセビリアの港を出港したのと同じように、この宇宙船もまた確たる根拠もないままにアワジの宇宙開発センターから打ち上げられた。

科学技術を基盤に成長してきた近代文明は成熟し、飽和に達してしまっていた。退廃もないかわりに進歩もない。

この宇宙船の役割も、科学的使命云々よりは壮大な娯楽に近いように思われる。出発前の報道やセレモニーもあまりにばかばかしく、それとうかがわせた。地球から初めて宇宙に飛びたった生物であるミバエや、アカゲザルのアルバート二世と比較するような馬鹿げた内容の番組もあった。

相対性理論の破綻が証明されたのはもう相当に過去のことだ。宇宙空間でのワープが実現不可能なことも実証されて久しい。文明が目指したのはすでに存在する理論と技術を応用し、ただひたすらに高速を磨き上げることだった。

この宇宙船の頑丈さ、強度については何にも劣ることがない。

速度は時速五光年を達成した。一日に百二十光年、一年に四万光年強を進む。相対性理論に変わる新たな概念を持たない我々としては、光より早く進むこの状況にどのような時間軸が存在するものか、誰にもわからない。

それにしても、地球から三百万光年という彼方の星雲からやってくるあのヒーロー達の移動能力はすさまじいと言わざるを得ない。この宇宙船の速度をもっていしてもどれほどの年月が必要になるのか、簡単な計算をすることもためらわれる。

 

とはいうものの、宇宙空間に達してからどれほどの時間が過ぎたのだろう。一年か、十年か、あるいはそれ以上になるだろうか。この宇宙船には時間を確認するための計器は装備されていない。なぜか宇宙船の外を見るための窓がついてはいるが、なにしろ光の速度をはるかにしのぐ高速で一直線に進んでいるのだから、視覚は全く役にたたない。もとより身体感覚なんてものは全く頼りになりそうにない。

 

それにしてももう一人のこのクルーはなぜ一言も話さないのだろう。宇宙船の管制シートに着いた時から、いやそのずっと前、初めて対面した時から無表情に無言に淡々と任務を遂行している。

我々はどのような経緯でこの宇宙船のクルーに選ばれたのか。思い返そうとしても記憶が定かでない。ここにいるこのクルーにしても、いつからの知己なのか、実のところはっきりと思いだすことができない。

二人きりの相方なのだから少しは親近感を表現しても罰もあたらないだろうに。そうすればこの退屈な時間を多少なりとも気を紛らわすことができるというものだ、などと思うのだが、といって、こちらから親しく声をかけるのもためらわれる。

いや待て。そうだ。私とてそうだ。そういえば一言も言葉を発していない。初めて出会った時から一度も。

この相方は私のことをどう思っているのだろう。無口でいやなヤツ、とでも思っているだろうか。そんなことを思う気にもならずただそこにいるヒト、という認識だけかもしれない。あるいはその認識すらない可能性もあり得る。

 

しかし、この計画のずさんさはどういうことだろう。宇宙船はただまっすぐに進んでいるだけだ。直進性は揺るぎない。というより、直進しかできない。

推進力を生み出すエネルギーは宇宙線なのでこの空間にいる限りは無限と言っていい。計器は予定通りの時速五光年が維持できていることを示している。

時速五光年という速度は相当なエネルギーを含有するはずだ。宇宙空間を進む以上は大小の障害物に衝突することが予想できるが、このエネルギーを持ってすれば、衝突した衛星なり、惑星なり、あるいはもっと大きな構造物であっても、跡形を残さず破壊することになるだろう。しかし、必要以上の強度をもつこの宇宙船で、時速五光年というあまりにも高速で進む我々には、なにかを破壊したことも、衝突したことすら体感することはない。宇宙船がその物体に衝突したわずか一秒後には我々は十三億キロメートル前方にまで進んでいる計算なのだ。

こうして進むこの宇宙船には航跡を記録する装備がない。おそらく記録することができないものと思われる。座標の目安となる星々をことごとく破壊しているのだから。

 

我々の行程は地球に届いているのだろうか。お祭り騒ぎのような打ち上げではあったが、祭のあとに静けさしか残らないように、この宇宙船のことなどだれも気に留めず、また別のお祭りに興じているのではないか。それとも何かしらのデータが送信されていて、一日一日の出来事にみなが喜び、悲しんでくれているだろうか。

もっとも、どちらであろうと関係のないことだ。こちらとしても、地球でみなが何を求めているかなどに全く興味をもつことはない。むしろ物言わぬこのクルーが私のことをどう思っているかの方にかすかな興味がある。

 

そんなことを考えていた刹那、パイロットランプが点滅し、ブザーが鳴った。出航以来初めてのことだ。

内容を確認する。

任務完了準備プログラム開始、とある。

あまりに突然のことだった。我々は任務を完了しつつあるらしい。我々の任務。それは宇宙が丸いことを証明することだった。地球から宇宙へ、ただひたすらまっすぐに進んだらいつか地球に戻ることができる。それが証明すべき命題だった。そしてそれが証明されようとしている。宇宙船は順調にプログラムを実行しつつあった。速度計が急速に速度を落としていることを示している。進行方向は厳格な姿勢維持装置によって直線を維持できている。速度計が光年を下回ろうとしていた。もう少しで窓の外の暗黒が途切れ、肉眼で外の世界が確認できるようになるだろう。

着陸した光景を想像しようとしたがうまくいかない。想像する能力が欠落している。

もう一人のクルーは。

相変わらず淡々と業務をこなしている。だが、その表情は少しだけ上気しているようにも見えた。

 

その時、けたたましい警告音が宇宙船の内部を包んだ。予想外の事態が起こったようだ。速度制御の不具合らしい。宇宙船は自動制御でプログラムを更新しようと試みているが、警告音は止むことがない。

すべきことは。

私には思いつく行動がなかった。ただ計器を見つめるのが私の業務なのだ。非常時を含め私には行動のコマンドがない。

衝撃回避態勢の指令がでた。我々はそれぞれ定位置のシートにつき、目を閉じてリラックスを試みた。

そして、私たちは初めて衝撃を感じた。この旅の中で、おそらく相当に大きな惑星に衝突し破壊したであろう時にも決して感じることのなかった衝撃が身を襲った。

シート周囲の空気の密度と粘度を瞬時に調整する衝撃緩衝装置がうまく作動したおかげで、その衝撃は実際の何万分の一、何億分の一にも少なかったと思われる。

 

しばらくの気絶状態から回復した時に、私の体には何ひとつ外傷がない事を感謝した。

相方は。

まだ気を失っているのか目を閉じて身じろぎひとつしない。

「!」

声をかけようとして気付いた。

このクルーの名前はなんというのだ。これまで一度もそんなことを考えてみたことがなかったのが不思議だった。

奥底の遠い情報を探っていると、ひとつの言葉がおぼろげに浮かんできた。確信があるわけではないが、きっとこれがこのものの名前にちがいない。

 

「だいじょうぶかい、メスタイプ」

 

なるべく穏やかに声をかけてみた。

私の声に彼女はぼんやりと目を開いた。たいぎそうな様子でこちらを振り向き、私に気付くと少し驚いた表情を見せたが、やがて彼女はしっとりと笑った。妖艶な笑みだった。

からだのどこかで突起物が出現するのを感じた。

 

 

 

 

ごく短い物語 その三

 

「ダーウインの進化論なんてものはウソッパチのまやかしなのじゃ」

 

繁華街の交差点の片隅で、そんなに大きくもない台の上に乗った老人が、その小さな体からは想像もできないほど大きな声で叫んだ。

街行く人々はなんだろうという顔で一瞬振り向いたが、さして興味もない様子で足早に通りすぎた。

 

「人類の歴史はすべて誰かのつくったプログラムの中で考え出された作り物じゃぞ」

誰に聞かせるとか、聞いて欲しいとか、そんなことは意に介さない様子でふたたび叫んだ。

「誰かってだれだよ」

「誰だよ」

 

若い二人連れの男がからかうように声をかけた。

老人は怒った様子もなく、その若い二人の方に向き直るとニヤリと笑ったように話しかけた。

 

「では若いの、おぬし達の知っておる人類の始まりを聞かせてくれるか」

 

弟分とおぼしき一人がこたえた。

 

「そんな事は、このアニキならスラッとこたえられらァ。ねえ、アニキ」

「おうともよ。なにしろそんなものは誰でも知ってることってもんだ。俺だって当たり前のようにこたえられるが、ここはおメェに花をもたせてやらァ」

「なんだよ。オイラかよ。調子がいいな、アニキはまったく」

 

ぶつぶつ言いながら弟分は老人に目を合わせた。

 

「で、なんだって」

「おぬし達の知っている人類の始まりを話してくれと頼んだのじゃ」

「そりゃおメェ、なんだよ。人類の始まりってのは…。『今からおよそ六十万年前、地球に巨大ないん石が落下し、その衝突の影響で地球の環境は大きな変化をして氷河期に入りました。それまで地表をのさばり歩いていた恐竜達は絶滅し、替わってヒトが地表の主となりました。ヒトは世代とともに進化し、二足歩行をするようになり、手を使えるようになり、火を使い、道具を作り、文明を築くまでになりました』…あれ、知ってるなァ。どんなもんだい」

 

自分自身の知識に少し驚いた風を必死に隠しながら、弟分は大きい顔をした。

 

「そちらのおまえさんはどうじゃ」

 

老人にせき立てられて兄貴分は仕方なくこたえた。

 

「この野郎が知ってるんだから、俺だって言えるに決まってらァ。人類の始まりだろ。人類の始まりってのは…。『今からおよそ六十万年前、地球に巨大ないん石が落下し、その衝突の影響で地球の環境は大きな変化をして氷河期に入りました。それまで地表をのさばり歩いていた恐竜達は絶滅し、替わってヒトが地表の主となりました。ヒトは世代とともに進化し、二足歩行をするようになり、手を使えるようになり、火を使い、道具を作り、文明を築くまでになりました』、とざっとこんなもんよ」

 

兄貴分も胸を張った。

 

「うむ。ところでお二人、今の『人類の始まりは』からのところ、二人ともひと言もちがいなくスラスラと言えてしまったのはなぜじゃ」

 

あらためて問われて、二人はその事実に初めて気がついた。

 

「それはそう、そんなもんよ。おれっち二人は小さい時分から同じところで同じように育ってきたんだぃ。同じように学校で教わったんだから同じように話せるのも当たり前じゃねえか」

 

「それがいかんのじゃ」 

老人は再び大きな声を出した。

 

「それこそは真実とは異なる人々の記憶に植え付けられた誤りの史実なのじゃ。学校でならったじゃと。いやそうではない。おぬし達のその記憶は社会に存在するための必修データとして胎内でいやおうなしに転送されたただの作り事、架空の物語じゃ。誰がそんなことをしたか。そんな事はどうでもよい。それが事実だということが問題なのじゃ」

 

二人はだんだんこの老人に付きあうのに飽きてきた。

 

「じゃ、本当の史実ってのをじいさんは知ってるってのかい」

「もちろんじゃ」

 

老人は二人の若者から目を離し、徐々に増えてきていた観衆の方に向き直ると天にも届かんばかりの大声で叫んだ。

 

「正しい歴史をお教えしよう」

 

軽べつするような好奇心のまなざしを向けていた観衆を一瞬静けさが包んだ。

 

「さかのぼること二十年前、ワシは日本一のテンポー山のふもとで小さな茶店を営んでおった。ある日、わしがいつものように湧き水をくみに洞窟へ入ると、その日に限っていつもの場所に水が涌いていない。仕方がないので、もう少し奥、もう少し奥へと水を探しに進んでいった。知らないうちに洞窟のかなり奥深いところまで進んでしまったようじゃ。そこは昼間というのに真っ暗で、一歩、また一歩と手探りをしながらでないと前に進む事ができない本当の暗闇じゃった。どのくらいの距離であったのか、ものの半時も歩いたその時、ああぁあ」

 

老人が急にさらなる大声をあげたので、皆はドキッとしたように顔を上げた。

 

「怪談噺かよ」

誰かが小さくつぶやいた。

 

「だれもが想像する通り、ワシは大きくて深い穴に落ちた。それがどれほどの深さだったかはわからぬが、幸いなことにケガひとつなく着地する事ができた。そこは全くの暗闇ではなく、どこから明りが差し込むわけでもないのにほのかに明るい不思議な空間じゃった。目を凝らすまでもなく、その場所が人工的に創られた横穴だとわかった。さあ、ワシはそれからどうしたと思う」

 

客いじりに慣れた大道芸人のように老人は観衆の一人に問うた。

 

「どうした、って、穴があるんだから進んだんだろ」

「その通り。ワシは恐さも忘れてその穴、通路といった方がよいかもしれぬ、をどんどんと進んだ。歩いた。時には走った。それは相当長かった。そしてその時っっ」

 

講談ならばここでパパンパンと張り扇が入りそうな勢いでタイミングを計った。

 

「ワシは見つけたのじゃ。人類の歴史を」

 

一転して静かな口調に観衆はおもわず聞き入った。

 

「六十万年ではない。今をさかのぼること一千年。地球に物体は衝突したが、それはいん石ではなかった。それは地球人自らが打ち上げた宇宙船だったのじゃ。超高速で衝突したその衝撃は想像を絶するもので、当時の文明全てを一瞬にして崩壊、壊滅させてしまった。しかし、この宇宙船の強度は驚異的。その衝撃にもかかわらず破損することはなかった。それどころかほぼ原形のまま無事に地球への着地に成功した。もちろん乗組員も全員、全員といってもたったの二人じゃが、すり傷ひとつなく無事だった。二人は驚いた。自分たちの星、地球の表面からあらゆるものが無くなってゼロになってしまったのじゃからな。だが、悲しんでばかりいても仕方がない。二人は結合し、増やし、結合し、増やし、そして一千年を経てこの文明を築いたのじゃ」

「どうしてそんなことがわかるんだよ」

 

観衆の中から声がした。

 

「見つけたのじゃ。テンポー山の地下深くに眠る、まだ真新しくも見える宇宙船と、子細を記したデジタル文書を。そして、そして、そして」

 

また盛り上げてやがるな、とだれもが思ったその時、老人は次の言葉を発する前に急にばたりと倒れた。特に苦しむ様子もなかった。

観衆の一人が近付いて首筋を確認して言った。

 

「オワリだ。今日でちょうど七十五年」

 

物足りなさと安堵とが入り交じったようなざわめきがしばらく続いた後、「ヒトのオワリ」に立ち会った時にいつもそうするように、観衆は左右から軽く頬に触れようと列を作った。

親戚知人であろうと、そうでなかろうと、そうすることが現代の風習なのだ。

その二列の行列は少し長くなった。

右側の列はだれもみな全く同じ顔をしたオスタイプ、左側の列もまた全員同じ顔をしたメスタイプ、だった。

 

 

 

 

エピローグ

 

「ソネ博士、完成した完全ヒト型アンドロイドですが、顔がまだのっぺらぼうです。顔を作らないと本当の完成になりません」

「うむ。昔から画竜点睛を欠く、という。また、仏作って魂入れず、ともいう。このような造作物の最後は顔、そして眼と決まっているのだ」

「で、どんな顔になさるので」

「助手のハットリくん。わたしは昔見たドラマが大好きで忘れられん。そこで、そのドラマの顔をそのままこのアンドロイドの顔にしようと思う」

「なるほど。で、その主人公とは」

「全国を旅するツマヨージをくわえた股旅の渡世人だ」

「これはまたシブイところで。ではメスタイプはどんな風に」

「メスタイプについては君の研究への貢献に敬意を表し、君にまかせよう」

「ありがとうございます。感激です。ではメスタイプは二十世紀のセックスシンボル、地下鉄の風でスカートがふわっと、あのマリリンにしたいです」

「む、それも良かろう。ではオスタイプは渡世人、メスタイプはマリリンに決定だ」

「はいっ。では早速とりかかりましょう」

 

二人は完全ヒト型アンドロイドの最後の仕上げにはいった。

 

「しかし博士、この完全ヒト型アンドロイドが世に認められて広まって、あっちにもこっちにも股旅の渡世人、そっちにもこっちにもマリリン、なんてことになったら、きっと楽しいですね」

「ああ、有名店の前で行列なんかしてるかもしれんぞ」

 

 

おわり

 

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いかがでしたでしょう。

ちょっと下ネタっぽいのは、私がそんなことばかり考えているからではなく、当時の少年向けSFってそんなところがあったのです。

恥ずかしいので、来院されたときにも感想は不要です。

 

 

 

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